1927年昭和2年9月 アサヒグラフ 日本に一つの養鰐場


1927年昭和2年9月 アサヒグラフ

アサヒグラフは、その名のとうり、写真が多い雑誌なのですが

今回は、興味深い記事が2つあります。

一般的な記事と今回は、神奈川県・静岡県の紹介記事が載っております。

行政・教育・産業・観光地などなど

そこで見つけた一つ目の記事。  

静岡県の不思議な記事。

「日本に一つの養鰐場」

少女がなんともいえない表情で何かを持っているのです。

ヤモリ?トカゲ???

これ、

子供のワニであります。

米国から愛玩用として普及させる計画で、養育しているのであります。

記事で見ると普及先が、一般家庭なのか、金持ちなのか、事業用なのかは

定かではありませんが、2016年現在でワニを見れるところは動物園のようなところで

しか見る機会はなく、やはり

大きくなると取り扱いが・・・。

という問題で普及しなかったと、思われます。

そして、現在どうなったかと調べると、面白い事がわかったのであります!

「小池ワニ総本舗」

まだ静岡県でワニの養殖が続けられていたのであります。

現在は、愛玩用ではなく、なんと食用として養殖しているのであります。

サイトに行ってみると、高齢者にも簡単に出来るなど書かれており、

老夫婦と思われる二人が、ワニを持っているシュールな写真があるのです。

(2015年現在)

養殖も循環型で環境に優しく、肉自体も良さそうなのです。

そして、ワニ肉を食べれるお店  

「ラ・ペッシュ」

浜松にあるそうです

一度、行ってみたいと思いませんか

二つ目の記事。  「無邪気な民衆」

西郷先生が、西南戦争で城山で討ち死にしてなくロシアにいる。 

そして今度、ロシア皇太子と共に日本に戻ってくる。

という、西郷隆盛生存説の記事なのであります。

こうした記事が、鹿児島新聞に当時、堂々と毎日書き立てられ、

大津事件後もこのような記事は続き、

そして、民衆が引っ張られていくのですが、

以前、西南戦争後、生死不明だった一県人が飄然と帰ってきた。といった事がありその影響もあり、西郷生存説に信憑性が出てきたというのであります。

確かに、西郷先生は当時の写真などがなく、死亡されたとされる首実検も信憑性が低く、謎が多い人物であります。

が、当時1927年は、西郷先生が亡くなったとされている年から50年経っております。

もし、生存していたなら100歳近いのであります。

ということなので、西南戦争以降、特に鹿児島では、100%信じる。

というか、もう少しゆるい感じで願望のような地元の英雄をいつまでも生かしておきたいという心理があったのではないかと想像するのであります。

古雑誌。興味深い!!

<時代考察参考雑誌>

1927年昭和2年9月 アサヒグラフ

#アサヒグラフワニ戦前 #ワニ #古雑誌

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